東京高等裁判所 昭和38年(ネ)2762号 判決 1966年11月22日
控訴人 佐藤奨
被控訴人 旭洋物産株式会社
主文
控訴人の当審における新請求はいずれもこれを棄却する。
新訴に関する訴訟費用は、控訴人の負担とする。
事実
控訴人は当審において請求を変更し、従前の請求(旧訴)を取り下げ、新たに、「控訴人が被控訴人の株式五〇〇株を有する株主であることを確認する。被控訴人は控訴人に対し別紙目録<省略>記載の株券を引き渡せ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決ならびに右株券の引渡を求める部分につき仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。
一、控訴人は請求原因として次のとおり述べた。
(一) 被控訴人は昭和二七年五月二六月設立された株式会社であるが、(A)払込期日を昭和三二年三月五日と定めて新株四、〇〇〇株を、(B)払込期日を同年七月九日と定めて新株一〇、〇〇〇株を順次発行した。
(二) 控訴人は右(A)の新株発行に際して二〇〇株を、(B)の新株発行に際して三〇〇株をそれぞれ引き受け、各払込期日までに各株金の払込を了して各株式を取得し、現に右株式五〇〇株を有する株主である。
(三) 被控訴人は昭和三四年五月上旬控訴人が取得した右株式につき別紙目録記載の各株券を作成したが、同株券は当然株主である控訴人に交付さるべきものである。
(四) しかるに、被控訴人は控訴人が株主であることを争い右株券の引渡を肯んじないので、本訴に及んだ。
二、被控訴代理人は答弁ならびに抗弁として次のとおり述べた。
(一) 請求原因一項記載の事実は認める。
(二) 請求原因二項記載の事実は否認する。もつとも控訴人主張の新株発行に際し、控訴人名義で新株引受および払込がなされている事実はあるが、右は訴外岡里宏(当時被訴人代表取締役)が控訴人と通じ実質的には右岡里において新株の引受および払込をなすが形式上は控訴人名義を用いてその手続を行うことを約してなしたものであるから新株の引受人したがつてその株主は岡里である。即ち右のような場合は商法二〇一条二項に該当するところ、同条項は単に他人名義の使用者に払込の義務を負わせただけでなく、その者を株式引受人即ち株主として扱うべく、名義貸与者は株主としない趣旨を定めたものと解すべきである。したがつて控訴人がその主張のような株主となつた事実はない。
(三) 請求原因三項記載の事実中被控訴人が控訴人主張の各株券を作成したこと(但し作成の日を除く)は認めるが、その余の点は争う。右株券はいずれも以上の事情により株主名義を控訴人として作成されているところ、岡里はさきに控訴人と株主名義の借受方を約した際控訴人より同人名義の株式については将来発行される株券を受領する権限を含むすべての権利を与えられたので、右権限に基づき昭和三三年九月二〇日自己宛に譲渡による名義変更の手続をなし、その後右株式を別表記載の各譲受人にそれぞれ譲渡し各名義変更の手続を経ているので、現在右株券はいずれも同人らの所有となつている。
(四) 抗弁
(1) 仮りに、商法二〇一条二項は名義貸与者を株式引受人、したがつて株主と扱う趣旨と解され、その結果控訴人が株主となると認められるとしても、(三)記載のとおり控訴人は岡里に対し、控訴人が取得すべき株式については将来発行される株券を受領する権限を含むすべての権利を与えていたものであるから、被控訴人はその効果を認め、本件各株券をすでにその受領権限ある岡里に対し直接交付した。
(2) 仮りに、以上の主張が理由ないとしても、本件において控訴人はたんに名義貸与者にすぎず、前記株金の払込は被控訴人の会社資金をもつてなされたものであり、名義を借用した実質上の株主は被控訴人というべきであるから、このような会社資金をもつてする株金の払込は本来無効である。したがつて右新株発行は無効であるから、控訴人がその株主となるいわれもなく、また本件各株券の引渡を求むべき権限も有しない。
三、控訴人は被控訴人の抗弁に対し次のとおり述べた。
被控訴人主張の各抗弁事実を否認する。
控訴人は岡里に対し本件株式に関する権利を譲渡し、あるいは株主名義を変更することを承諾した事実はなく、若し被控訴人主張のように株主名義が変更されているのであれば右は岡里が被控訴人と共謀して控訴人名義の印鑑を偽造し、これを用いて擅になしたものである。仮りに控訴人が岡里と被控訴人主張のような株式譲渡ないし名義変更について合意していたとしても本件各株券が現実に作成されたのは昭和三四年五月上旬であるが、控訴人から岡里に対し株主名義が変更されているのはその以前である昭和三三年九月二〇日であるから、かかる株券発行前の株式譲渡は無効というべく、控訴人は株主の地位を失わず、被控訴人に対し本件各株券の交付を求める権利を有する。
四、当事者双方の証拠<省略>の提出、援用、認否は次に掲げるほかすべて原判決証拠欄に記載されているところと同一であるからこれを引用する。
理由
一、先ず控訴人が被控訴会社の株式五〇〇株を有する株主であるかどうかにつき判断する。
被控訴人が昭和二七年五月二六日設立された株式会社であつて、(A)払込期日を昭和三二年三月五日と定めて新株四、〇〇〇株を、(B)払込期日を同年七月九日と定めて新株一〇、〇〇〇株を発行したこと、および右(A)の新株発行に際して二〇〇株につき、(B)の新株発行に際して三〇〇株につき、それぞれ控訴人名義で株式の引受および払込がなされていることは当事者間に争いがなく、右事実に原審および当審証人岡里宏(各一、二回、たゞし原審第一、二回については後に措信しない部分を除く)、原審および当審証人中西万之丞(いずれも後に措信しない部分を除く)、原審証人竹島秀光(一、二回)、同今村輝男の各証言に成立に争いのない甲第一号証、乙第一号証の一ないし三、同第二号証の一、二、同第三号証の一ないし三、同第八号証の一ないし三を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 被控訴人は資本金を金一〇〇万円として設立された株式会社であるが、取引銀行および得意先に対する信用を維持するため増資する必要に迫られ、前記のとおり昭和三二年三月および同年七月の再度にわたり新株合計一四、〇〇〇株(株式一株の発行価額はいずれも金五〇〇円)を発行した。
(二) 右各新株の発行にあたり、当時被控訴人の代表取締役であつた訴外岡里宏は他の会社役員と計り、会社資金をもつて右新株の払込に充てることを計画し、その実行方法を種々検討した結果、税金対策上も最も有利であるということで、結局控訴人を含む当時の被控訴人の一部の従業員一二名の名義を借り受けて引受および払込の手続をなすことゝし、予め右従業員らよりその旨の承諾をえた。
(三) しかして被控訴人は前記(A)の新株発行にさきだち昭和三二年二月一五日付で右従業員らに対し源泉所得税を控除した支給総額金二、〇五七、〇〇〇円を特別賞与として支給し、そのうち控訴人に対しては、差引支給額一二〇、〇〇〇円を支給したこととし、又(B)の新株発行にさきだち同年七月四日付で、右と同様支給総額金三、九九八、五〇〇円を特別賞与として支給し、そのうち控訴人に対しては差引支給額金一四九、六〇〇円を支給したこととして、以上の金額を会社資金より支出したが、これらの金員は現実に控訴人を含む右従業員ら個人に交付することなく、被控訴人が一括してこれを保管し置き、一方右従業員らの名義を用い、適宜各特別賞与支給額に見合わせて新株申込の手続をとゝのえた上これに株式を割り当てたが、そのうち控訴人名義で(A)の新株発行に際しては二〇〇株の、(B)新株発行に際しては三〇〇株の各新株申込手続をした上右申込株数の株式の割当をなし、ついで前記一括保管にかゝる特別賞与金をもつて順次右新株の払込手続を了し、かくして前記再度にわたる増資を実行した。
以上の認定に反する原審における控訴人本人の供述および原審証人岡里宏(第一、二回)、原審および当審証人中西万之丞の各証言の一部は措信せず、他に右認定を動かすに足る証拠はない。
(四) おもうに、他人の承諾をえてその名義を用い株式を引き受けた場合においては名義人即ち名義貸与者ではなく実質上の引受人即ち名義借受人がその株主となるものと解するのが相当である。けだし、株式の引受および払込は一般私法上の法律行為の場合と同じくたとえこれが何人の名義によつてなされたかを問わず真に契約の当事者として申込をなした者が引受人としての権利を取得し義務を負担するものであって、商法二〇一条一項は当事者が仮設人の名義を用い、あるいは実在する他人の名義をその承諾をえないで用いた場合においてその行為をなした者が義務を負担するという右当然の事理を明らかにしたものであり、同条二項はさらに資本の充実をはかるため他人の承諾をえてその名義で引受がなされた場合には名義貸与者にも払込義務につき連帯責任を負担せしめることを明定した趣旨と考えられるからである。
(五) してみれば以上認定のとおり控訴人は株式の引受についてたんにその名義を貸与したにすぎないものであつて実質上の当事者ではないのであるから、本件株式五〇〇株の引受および払込が同人の名義を用いてなされていても右株式につき引受人、したがつて株主となりえないものというべきである。
二、したがつて控訴人の本訴請求中控訴人が被控訴人の株式五〇〇株を有する株主であることの確認を求める部分はその余の点の判断をまつまでもなく失当であることがあきらかであるから同請求は棄却すべきであり、また株券の引渡を求める部分は控訴人が右株主であることを前提とするものであることが控訴人の主張自体によつて明らかであるからこの点も結局失当として棄却を免れない。
三、ところで、控訴人は当審において旧訴を取り下げ、新請求をなすにいたつたものであり、本件訴訟の経過に徴すれば、被控訴人は旧訴の取下に同意したものとみとめられるから、当審は新訴についてのみ裁判をなすべきものである。よつて控訴人の当審における新請求はいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 三淵乾太郎 伊藤顕信 土井俊文)